約束に間に合うかどうかのギリギリのバスを逃すかもしれない微妙な時刻、小走りでバス停へと向かった。
ベンチで嬉しそうにバスを待っている少女に話しかける。
「○○番のバス、行っちゃった?」
「ううん。大丈夫。まだ来てないの。いつもはね、彼女、この時間には来てるんだけど、今日は遅れているみたい。」
なんだかとても嬉しそうに、少女は必要以上に詳しく説明し、ダウン症に特有のあの可愛い無邪気な笑顔を私に向けた。
程なくしてそのバスは来た。
「Good morning! How are you?」
ドアが開くなり元気な声が飛び出した。
圧倒されるその笑顔。
なんて素敵な女性。
誰もが一瞬にして好きになる。
そんな女性がドライバーだった。
少女に続いてバスに乗り込み、私はそのまま後方の座席に着いたが、少女はバスドライバーの女性といつものルーティンであろうちょっとした会話を交わし、運転席近くの席に着いた。
二人は時折何か言葉を交わす。
次のバス停が近付くと、驚いたことにドライバーの女性は「次はーー」
と乗客全員に届く大きな声でアナウンスした。
通常オーストラリアのバスにはバス停のアナウンスがない。
各々が降りる場所を意識して、近付いたらStopボタンを押すという、初めて乗る者にはかなり難易度の高いスタイルだ。
一つ一つ、停留所が近づくたびに丁寧に案内をする女性ドライバーと、微塵のしたたかさもない純粋な笑顔を向ける少女に、自らの姿勢に恥ずかしさを感じるほどに感動した。
そして気付く。
心が温かい…。
自然と微笑む自分がいた。
私だけではない。
その車内にいる全ての人が幸せに満たされていた。
彼女達が私達に何かをしたわけではない。
それなのに、その幸せは私や周囲の人の心に沁み渡り、その日を特別に心地良い一日に変えてしまった。
It’s magic.
彼女達にとって何ら特別ではない日常の朝の風景が、私にとっては魔法。
魔法とは、特別な事ではないのだと思う。
幸せも不幸も伝染する。
心が満たされた人には幸せの魔法、
心が病んでいる人には不幸の魔術をかける力がある。
幸せになりたいのなら、
幸せの魔法をかけたいのなら、
今自分が満たされていればいい。
それだけのこと。
あれ以来、二度とあの二人に会うことはなかった。
時が経った今、実はあの二人は天使で、私に大切なことを伝えに現れたのかもしれない、そんな風に思える。
天使はいたるところにいるのかもしれない。
様々な人の姿を借りてあなたの前にもひょっこり現れることがあるのだと思う。