今週は自己紹介ウィーク。
困ったことに月曜担当、はりぃの自己紹介が面白すぎる…。
私にはそんな意外な特技もなければ意外な一面もない。
多少のプレッシャーを感じつつ、仕方なしに今まで誰にも明かしたことのない恥ずかしい(と感じるのは私だけかも)、でも人生において最も貴重なターニングポイントとなった出来事ついて暴露することにする。
まずはそのターニングポイント以前の私について語る必要があるだろう。
19歳の春のその瞬間までの私は…
ネガティブだった。
高校生の時分には変わり者で度々人と違う行動を取っていたため、面白おかしく生きていると思われていたようだけれど、幼少期も含め、実は私の本質は暗くネガティブ、それが証拠に満面の笑顔で写っている写真はほとんどない。(はず)
高校時代には毎日のように飲んでいた(何、とは断定しないでおこう)せいもあってか今なら鬱状態と診断されたであろう状態。
一人「あーでもない、こーでもない」と思考の闇にどっぷりハマり、ノートにその独り対話を書きなぐっていたものだ。
辛さから抜け出したい思いで救いを求め、悟りを求め、大塚にあった都立高校から板橋区の実家までの帰路、池袋での下車を意図的に乗り過ごし、新宿駅東口の待ち合わせでごった返す人々の群れを見つめつつ何時間も座り込み考え込むことが度々あった。
今では本ブログにおいても「Happiness」担当、そして「不変の幸せを確立する」などという超ポジティブなオンラインワークショップを構築、主催してしまうほどの私に、根暗+ネガティブなイメージなど微塵もないだろう。
Mizue Funakoshi FB公式ページ @mizue.sydney
超人世理論_読むと幸せになるブログ ameblo.jp/mzfnks/
辛い過去の出来事についてはプロフィールにおいて触れていることもあり、なんとなく想像はできるだろうが、そんなどん底の時期においてもきっとポジティブに前向きに突き進んでいたに違いないと思われていることと想像する。
それは確かにその通りなのだが、しかしながら、そこに至るには
1)ターニングポイント
2)消化
3)Re-Birthday
という人生におけるイベントがあり、その経験なくしては現在のアホみたいなポジティブさに至ることはなかった。
19歳春。
一年ほど続けていたバイト先で知り合った年上の彼氏から別れを告げられた直後の私は、しばらくは何事にもやる気を失くし、春のぼんやりとかすむような暖かさに全身が脱力した感覚と共に日々をやり過ごしていた。
学校をさぼりたい気持ちだったが、一般的な四年生の大学とは違い私が通うファッション系専門学校では日常的にブラック企業さながらの課題が山ほど課せられる。
重い気持ちで前日のアルコールが抜けない体を無理矢理ラッシュアワーの埼京線へと滑り込ませ登校しても、授業に集中できるわけはない。
座っているのもかったるい、そんな気持ちで教室を抜け出しサボることを目的に度々医務室へと逃避していた。
人生においての初めての金縛りにあったはこの時だ。
窓際に頭を向けるように何台も並べられたベッドの中ほどに横になっていた私の頭上には薄いカーテンが閉まった窓があり、全体が穏やかな春の日差しに明るく輝いていた。
光り輝く窓際に、相反して、硬直し動けない体。
うんざりするほどにわんわん鳴り響くお経。
初めて体験する慣れない場所での金縛りとお経という恐ろしいシチュエーションにも関わらず、なぜかまるで恐怖を感じてはいなかった。
全く動じない自分自身に少しの驚きも感じないことが殊更不思議であったことを記憶している。
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…大丈夫。
きっとこの投稿を読んでいる怪談嫌いの読者はこの時点で読み進めるのを止めたいと思っていることだろう。
大丈夫。これは怪談ではないから。
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金縛りにあったことは意に介せず、それからも何度となく昼寝を目的に医務室を訪れた。
とうとう幽霊と思しき人と出会うまでは…。
面白いもので、人はなんとなく最初に選んだその場所を自身の定位置とするものだ。
例えば、公衆のお手洗いなどでも、いくつかのドアがあるにも関わらず、混んでいなければ2度目も同じ個室を選んでしまう。
その日も私は意識することなく、ずらりと並んだベッドの中から、いつもの窓際の中央あたりの一つに当たり前のように横たわっていた。
薄いカーテン越しに感じる春の日差しが、心の痛みに染み入るように私を照らす。
おぼろげな意識の中で
「ああ、今日は金縛りに合わなくて調子がいいな…」
そんな思いを持ちつつ、まどろんでいると、医務室とベッドルームをさえぎるドアが開いた。
白衣を着た女性が部屋に入り、近づいてくる。
「あれ、先生から何かの伝言かな。」
私の頭上に立ち、こちらに顔を向けるが、逆光で顔は判明しない。
ちょっと昔のカーラーで巻いたようなおばさんパーマ的なスタイル。
そんなことを思っていると、その人は上半身を傾けて私の耳元まで顔を寄せてきた。
そして何かを囁いた。
Pの音で始まる言葉にはならない音。
「ピ」?「パ」?
ハッとして意識が戻った私の体は硬直し、いつものように金縛りにあっていた。
その女性は子供がいたずらをした後に逃げるような可笑しさとすばしっこさで、でも滑るようにスーっとドアから出て行ってしまった。
しばらくは抵抗し、すぐに諦めまた眠ろうとしたが、全く眠れず、仕方なしに教室に戻ろうと思う頃には体の硬直はなくなっていた。
教室に戻り教科担任からどこに行っていたのかと詰問され、ことの次第を話し判明したこと。
私が遭遇したその女性はその1週間前に心筋梗塞で亡くなった医務室の先生だったということだった。
実はこの時の霊体験には全く恐怖を感じなかった。
したがってこのことには全く懲りず、気持ちは医務室でサボる気は満々なのだったが、なぜかこれ以来あまりだるいと感じることがなかったのだと思う。
結局この体験を最後に医務室へ行くことはなかった。
この体験から間もなくのことだったのだと思う。
いつものように歌舞伎町、コマ劇場のあたりを目的もなくフラフラ歩いていると、突然ある思いが脳内に降ってきた。
「嘘じゃあないよ。
彼はあの時確かに私を好きだったんだよ。」
それまでずっと脳内で繰り返されていたフラれた男への恨みごと
「私は騙された。あいつは私を好きだったわけじゃない。嘘つき。」
その思いが否定された瞬間だった。
そして、それが私の脳内でのネガティブからポジティブへスイッチが切り替わった瞬間だった。
本当に一瞬のことで、でも驚くほどに鮮明に、閉ざされたボックスの蓋が開き突如大量の光が闇に注ぎ込まれたような衝撃だった。
人生がバラ色に輝くという詩のような感覚を身を以て体験した瞬間だった。
霊体験と関連があったかどうかなど、分かりようもないし説明のしようもない。
けれど私にはあの亡くなった医務室の先生が最後の大仕事をしてくれたのだとしか思えない。
突然の気づきは特別でも何でもなく、他者にとっては「そんなこと?」という程度の深い意味などないこと。
けれど、それまでの私のウンザリするほどのネガティブ思考からの離脱は何ものにも代えがたい貴重で大切な衝撃的な出来事だった。
以来、鬱々とした気持ちはあったものの、あらゆることに対しポジティブな側面から切り込めるようになっていったことは言うまでもない。
そしてこのターニングポイントこそが、「気づく」楽しみに味をしめたキッカケであり、Sydney Platypusにおいて「Happiness」を担当する今の私の出発点になっていることは間違いない。